はじめての広報 事例から学ぶ広報PR

墓穴を掘らない会見の好例について
~「痛いところを突く質問者VS.うまく回答する企業」~

今回の話題は、企業の決算や不祥事の際の記者会見についてです。
記者会見の場では、質問者の執拗な追求と企業の曖昧な回答が原因で場がヒートアップするシーンをよく目にします。
この悪循環をどう断ち切るにはどうしたらよいでしょうか?
記憶に残る記者会見のうち、ある参考実例を取り上げてご紹介したいと思います。

紹介する事例は、2023年6月のソフトバンクグループの株主総会です。
株主総会における孫正義会長によるコメントについて、(1)冒頭スピーチ、(2)株主からの質問①、(3)株主からの質問②,の3つの場面をそれぞれ取り上げて、分析してみます。

まず、当時のソフトバンクグループを取り巻く状況についておさらいしておきます。
当時の状況:ソフトバンクグループが2期連続で赤字を計上した後の株主総会、決算発表後に孫正義会長が表舞台に登場するのは初めてで、関心を集めました。「赤字」の原因や今後の見通しをどう語るかが注目されていました。

(1)冒頭のスピーチの場面:孫会長の発言
「去年の 10 月ぐらいからすごく考えることがありました。私自身の経営者としての、事業家としての人生はあと何年あるのだろうか、どんな人生だったのだろうかと、なんだかとても虚しく感じてしまうことがありました。この程度で終わっていいのだろうかと思って、実は大泣きしました。何日間か涙が止まらなくなり、まして、何か違うと、これでは虚しいと感じまして、残りの事業家としての年数はもう義務感にとらわれた、やらなければいけないからやるという経営者、事業家としての人生ではいけないと思いました。」
「いよいよ去年の 10 月から、もう一度クリエイティビティのところの右脳の働きを再活動すると決めてから、この 8 カ月ぐらいで 630 件の発明をしました。(中略)大赤字を出して恥ずかしくて引っ込んでいるのではないかという説も一部にあるようですが、実は大変忙しく、大変楽しく、大変活発にやっているということです。ということで、そろそろ反転攻勢の時期がやってきそうだということです。」

〇分析ポイント:~人間心理をうまく利用
・一般的な「悲惨な」会見で見られる例:
不祥事や業績悪化の原因を、「誰か」「何か」のせいであることを示唆し「俺は悪くない!」との思いが透けて見えることがあります。それは質問者の「ツッコミたい」願望を刺激してしまい、悪循環に陥るリスクがあります。

・孫会長のコメント:
冒頭発言にある「去年の10月」とは業績の低迷がはじまったときを指します。「大泣き」「大赤字を出して恥ずかしくないのか」と自ら重ねて言及し、会場から追求を受ける前に赤字・業績の低迷をあっさりと認めています。
さらに「泣いている人」を追い詰めるのは心理的なハードルになるので、会場の参加者(株主)が赤字の原因をさらに追究する質問を考えるのは、難しくなります。

また、「事業家としての残りの人生」というワードでは、「年齢」⇒「老い」を暗示しながら、前向きな発信をしています。
「老い」という、突っ込むことが心理的にも難しい要素を孫会長は上手に使い、「これ以上赤字は拡大しないのか?」という株主からの追求のハードルが高くなっています。

(2)株主からの質問①の場面:
質問 :「ウィーワークの株価が低迷していますが、現在の経営状況についてお聞かせください。」

孫会長:「ああ、胸が痛い。これは僕の責任です。僕がウィーワークに、最初に訪問して惚れ込んでしまいました。素晴らしいと思ってしまいました。私どもの役員、社員の中には、孫さん、それは間違った判断だからやめるべきだと、何度も何人からも忠告を受けました。まあまあ、そうはいうなといって僕が突っ込んで多額のお金をつぎ込んでしまいましたので、すべて僕の責任だと、それ以外の誰の責任でもないと思っています。また、ウィーワークの創業者のアダム・ニューマンは、本当に自分が素晴らしい会社をつくっていると心から信じていたのです。ですから、彼が悪いわけでもないかもしれないと思います。ただただ、価値や時期や投資の規模について、僕が彼をあおった部分もあるのです。ですから、彼以上に僕が悪いのではないかと思います。もっといけるとか言っちゃったのです。私の人生の汚点です。すみませんでした。」

〇分析ポイント:~情景が見える回答
・一般的な「悲惨」な会見でみられる例:
低迷している事業について聞かれると、曖昧な紋切り型の回答で、さらなる質問を受けることが多くなりがちです。

・孫会長のコメント:
肝いりで投資した「ウィーワーク」の低迷を「人生の汚点」とまで言い切り、自身の非を認めています。
さらにウィーワークに投資した自身の思い、創業者のニューマン氏との関係性・いきさつについて固有名詞を出しながら「情景が見える」形で語っており、株主からのさらなる追求を難しくしています。

(3)株主からの質問②の場面:
質問:「2040 年に時価総額トップ 10 に入るという新 30 年ビジョンについて、現在のままだとトップ 10 に入るのは難しいのではないかと考えているが、お考えをお聞かせください。」

孫会長:「先ほど申したように、去年の 10 月から、僕は正直申し上げて目先のお金だとか、株価だとか、そういうことについて、別に現実から目をそらそうということではなくて、それがちっぽけなことに思えるようになってしまったのです。トップ 10 に入るかどうかということですら、ちっぽけな目標ではないかと思うようになってしまったのです。これは正直な気持ちです。僕の告白です。それよりも、人類の未来はどうあるべきかと、何が必要なのか、どうすれば未来の人々がさまざまな困難から逃れて、素晴らしい豊かな社会がくるのだろうと、本当に純粋に考えるようになったのです。だから、大泣きしたのです。悔しくて泣いたのではないです。感動といいますか、一部見えてきたようなところ、自分の残りの人生に対する焦りと、思いついたときの興奮と、頭の集中ですね。寝ても覚めてもという状態になってしまいました。祝日も何も関係ない世界になってしまったのですが、そういうふうに、本当に純粋に考えるようになりました。」

〇分析ポイント:~見事な逃げ
・一般的な「悲惨な」会見でみられる例:
目標数値を根拠が曖昧のまま「できる」と言い切る、または根拠不明の下方修正を示し、さらなる追求を受けることになりがちです。

孫会長のコメント:
孫会長だから対応できたこととも言える上級テクニックですが、時価総額という数値目標を「ちっぽけ」と言い切り、「人類の未来」という壮大なテーマに話しを誘導しています。この状況で「時価総額の今後の目標は?」と聞いても、「そんなちっぽけなことより人類の未来、、、」という回答になることが予想され、株主からの追求が難しくなります。

以上、ソフトバンクグループの株主総会を事例にとりあげ、紛糾しそうな記者会見の対応テクニックについて分析してみました。
今回の事例は、一般的な記者会見ではなく株主総会でしたので、追求・質問する側の温度感や追求度は他の事例とは違う点もあると思います。さらに、「孫さんだから対応できること」の要素も多分にある事例でありましたが、学べる点も多くありそうです。

*株主総会のやりとり(ソフトバンクグループホームページより)
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/investors/shareholders/2023/shareholders-meeting_43_07_ja.pdf

東京都中小企業診断士協会城北支部
岡本 陽介

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